南米情報を日本語でお届けいたします

ウルグアイ:「ムヒカ元大統領」の妻「ルシア・トポランスキー(Lucía Topolansky)氏」がウルグアイ副大統領に選出される

0

ルシア・トポランスキー(Lucía Topolansky)、「ぺぺ」の愛称で知られる「ムヒカ元大統領」の妻が、今週土曜日から4日間、大統領不在中(公務のため)の最高責任者としての役職を努めます。

5年間に渡って、夫であり大統領であったムヒカ元大統領の隣で大統領職を見てきた彼女にとっては、珍しい職務内容ではないはずです。

トポランスキー氏が、大統領代理となる理由は、今週水曜日に副大統領職に就任したからです。前副大統領のラウル・センディック(Raúl Sendic)氏は公的資源の誤用の疑いについての調査に直面しており、ウルグアイ議会は彼の辞任を満場一致で承認しました。

ウルグアイの法律では、副大統領の職務が欠席となった場合、もっとも票を集めた上院議員がその役職を勤めることになっています。

もっとも票が多かったのはムヒカ元大統領でしたが、大統領を努めた実績のため副大統領職は努められず、次に票の多かったトポランスキー氏が新副大統領に決定しました。

 

長期に渡るキャリア

 

もうすぐ73歳を迎えるトポランスキー氏の政治活動は長期に渡り、議会総会では17年間、そのうち5年間は下院議員として、残りは上院議員を努めています。

 

 

大統領代理を務めるのは今回が初めてではありません。2010年に、大統領、副大統領共に不在の際にも代理を努めており、2013年には夫であり大統領であったムヒカ氏不在の時にも役目を担っています。

正式に女性が副大統領に就任するのは、ウルグアイでは初めてのことです。

2010年から2015年の間に上院議員としての彼女の存在感は大きく知られました。その期間に、マリファナ、中絶と同性婚の合法化が確定され、それにはトポランスキー氏の推進が影響し、国際的にも注目されました。

自身の意見を守る厳しい姿勢は議会でも知られており、「トロンカ(Tronca)」と呼称がつけられました。しかし、彼女の政治活動は成功と的中のコレクションから成っているわけでありません。

トポランスキー氏の長年の政治活動の中には、ゲリラ時代、投獄、脱獄、更なる投獄期間が含まれています。近年では、2015年にモンテビデオ市の市長選挙で敗北しています。

 

 

今回の副大統領就任によって、彼女とムヒカ氏が参加するウルグアイのフエルテ・アンプリオ(Frente Amplio)党の主な政治勢力「モビミエント・デ・パルティシパション・ポプラール(Movimiento de Participación Popular (MPP))」の力は増すことになります。上院議員のトップと議会でも主要な位置につきます。

 

ゲリラ時代と投獄

 

土木エンジニアであり建築起業家の娘として生まれたトポランスキー氏は、裕福な家庭に生まれました。60年代に建築学を中退し、武装闘争を選択し親戚を驚かせました。

闘争本能にかられたのは彼女だけではなく、双子の姉妹マリア・エリアもツパマロス(MLN-Tupamaros)に入隊しました。キューバとマルクス主義の影響を受けた左派都市ゲリラの民主的制度構築のための活動では、トポランスキー氏は偽名のアナとして参加していました。

治安部隊から逃れる非合法活動時代にムヒカ氏と出会います。

「”恐怖が私たちの運命を繋げた”、大統領に就任する前、プライベートな会食で、涙ぐみながらムヒカ氏はその頃を思い出した。」と、「権力の中の黒い羊(Una oveja negra al poder)」の著書の中に記されています。

 

Topolansky acompañó a Mujica al funeral de Hugo Chávez.
  ウゴ・チャベス大統領の葬儀にて。

 

二人の関係が始まって数ヶ月後、それぞれ別に逮捕され投獄されます。トポランスキー氏は1971年に逮捕され、半年後、下水に紛れて他の37人の投獄者と共に脱獄しました。

その後、1972年に再逮捕され、その一年後、軍隊によるクーデターが起こり軍による統治は1985年まで続きました。合計で約13年間の投獄生活を送り、拷問と隔離期間を経験しています。

「絶対的に不利な条件での生活を余儀なくされました。」と、ツパマロスのメンバーでトポランスキー氏と投獄生活を送ったアナイ・アハロニアン(Anahit Aharonian)氏は2015年にBBC Mundo にコメントを寄せました。

1980年にトポランスキー姉妹は、内緒で「自由(Libertad)」とアルメニア刺繍でデザインしました。アハロニアン氏の両親の言葉で、投獄生活では禁じられていました。

看守が、それが何であるかを見つけだすことはなく、箱に入れて刑務所から持ち出すことができました。

 

システマチック

 

トポランスキーとムヒカは、恩赦法によって解放された1985年に再会しました。

 

 

二人に子供は無く、若い頃にゲリラ活動を優先したのが原因だと説明します。二人は、モンテビデオの郊外に畑を購入し、そこに住み、土を耕しています。

共に、民主主義の中での政治活動を続行しています。

報道陣へのインタビューでトポランスキー氏は、ツパマロスによって行われた執行と誘拐は60年代のウルグアイと地方の節目と結びつきがあると発言しています。

ムヒカ氏がもっとも象徴的な存在であった2005年に、親密な儀式で結婚しています。その頃、ムヒカ氏が大統領職につく事になるだろうと想定している人々は多くありませんでした。

2010年に、もっとも投票を集めた上院議員として、大統領就任式でムヒカ氏に宣誓を行ったのは他でもないトポランスキー氏でした。その後、微笑みながら右腕で抱きしめ、頬にキスをしました。

 

La casa de Topolansky y Mujica.
   二人が生活する郊外の自宅

 

ムヒカ氏は、トポランスキー氏のイデオロギーが彼よりも実用的ではないと言う意見に対して否定的です。それは、「彼女のことを知らないからだ。」と宣言します。しかし二人は異なる政治家だと言います。

「確かに、私ほどのカリスマ性はないかもしれない。」と、彼女よりも約10年年上の元大統領は比べました。

「しかし、とてもシステマチックです。まるで蜂のように、水滴一つのように。地獄のような働き者。歴史的事柄を作るような人では無く、塀を築くような人。」と、付け加えました。

夫による妻の特徴付けは当てはまるようで、トポランスキー氏は、副大統領としての新たな役割は、「行政機関と国会の橋渡しになること」だとコメントしました。

 

 

情報源: Lucía Topolansky, la esposa de José “Pepe” Mujica que ahora es vicepresidenta de Uruguay – El Mostrador

コメントを残す